Battersea 的寓話
農暦十月初六
ピンク・フロイドのアルバム『アニマルズ』のLPを手にしたのは確か1982年頃だったが、見たことも無い異様な建築物の上空にピンクの豚が浮游してゐる情景はシュールレアリズムの繪畫か、SF映畫の一場面なのだらうと勝手に思ってゐた。
花の巴里からバスとフェリーでドーバーを越え、倫敦はヴィクトリア驛に辿り着いたのは80年代の終はり頃だったが、Victoria Coach Station からBuckingham Palace Road に行くべきところ、間違へてElizabeth Bridge の方に歩いて行って仕舞ったのだが、Victoria Station に繋がる鐵路の跨線橋からふと眺めた其の先に、巨大な廃墟の如きBattersea Power Station が見えた時には思はず全身が凍り付くやうな衝撃を受けたものだ。
LPジャケットで見てゐたあの建物は、此処倫敦に實在してゐたのだ。
地平の果て(正確にはテムズの對岸)に超然と佇む亡霊のやうな巨大な建築物。都會の發する瘴気と靄と喧噪を纏って黒ずんだ本體と、其処から天に向かって屹立する4本の白い煙突か何か。どこかしら世界の終末をも聯想させる不氣味な存在感により、途中ドーバーで見た白い崖の聯なる風景や、カンタベリー郊外の美しい田園風景も脳裏より忽ち吹き飛び、イギリスの強烈な第一イメージとして、未だに我が胸中深くに沈殿してゐるのだった。
建築物には人間の情緒や感興や記憶や時代を収斂する力があるのだ。
舊懐夜話はさておき、今夜は勝手にピンクフロイド特集で御座る。